を断定することはできぬ。環境の力は必ず人を変化させる。やがてロシヤの人々は変化しよう。だが、その程度が問題である。
 極めて急進的な、人間の完全なる変化を力説する一学生は述べてゐる。人間には社会感情《サンチマン・ソシヤル》と動物感情《サンチマン・ビオロヂック》とがあるが、ソビエットに於ては、動物感情は次第に消滅して、人は全て社会感情によつて行動するに至るだらうと。
 社会感情とは恐らく理性を言ふものらしい。そして動物感情とは、嫉妬や愛情などの超理性的な感情を言ふのである。
 私は軽卒に否定することも差控えるが、さりとて軽卒に賛同することもなりがたい。人を美醜によつて判断せずに、才能によつて判断するといふことは、所詮同じことではないか。標準が美醜から才能へ変つたところで、五十歩百歩のことである。そこから動物感情の消滅する理由は見出しがたい。同時に動物感情の消滅が人生を豊富にするかどうかを、私は今判じがたい。しかし私は、私自身を実験台上にのせて、一人のテスト氏を私の中から出発せしめ、このことを考へてみやうといふ気持になつてゐる。所詮文学に解決はない。たゞ作家は誰しも自分のテスト氏を育てつゞ
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