んですッてさ。怒っても凄い見幕を人に見せるような素直な父じゃアないんですよ。もっと陰険な父なんです。ところがその時はもの凄い見幕で怒ってね、庖丁をとりあげて投げすてたそうです。八十松クンはその見幕におどろきながらも、ですがこれは私名宛の荷物なんですからと答えると、誰の名宛でもその荷物は私の荷物だと父はキッパリ断定して人をよんで奥の部屋へ運ばせてしまったのだそうです」
「それは奇妙ですね」
「奇妙でしょう。もっと奇妙なことがあるんです。今朝八時ごろ八十松クンは車をよんでその荷物だけ駅へ持って行って送りだしたんです。眼がさめると食事もせずにいきなりですよ。例の実演場の方はまだそのままなんです。食事を食べ終えてからポツポツ取り片づけにかかってるんですよ。どうしてみんな出来上ってから一しょに運ばないのかと思ってね、なにかワケがありそうだからオジサンに報告に来たのです」
「それはすばらしい報告かも知れないね。とびきりのね。ウーム。そうか忘れていたね。なぜ後閑仙七氏がビルマの孫をひきとることを思いたったか。その謎だ。待てよ」
 九太夫は思わず相好をくずしたが、
「糸子サン、ちょッと待って下さい。しばらく、考えるから。しかし、いそいで考えるよ。急がなければ追いつけないのでね。その間に糸子サンに警察署へ行ってもらうか。至急その荷物の発送を押さえてくれとね。ワケは考えをまとめた上で話します。間違っているかも知れないが……イヤ、イヤ、必ず当っているはずだ。糸子サン、急いで、急いで」
「ハイ、ハイ」
 糸子は大至急立ち去った。警察でも荷物の発送を暫時止めるだけなら大したことにはならないと見てか、とにかく重大事件の関係物件であるから、九太夫の望み通り荷物の発送を押さえておいてくれたのである。
 そこへ九太夫が警察を訪れて、
「どうやら事件が解決したと思いますよ。すくなくともあの荷物の内容を調べてみればね。ま、お茶を一杯のませて下さい」

          ★

 それから五時間後。すでに吉田八十松は仙七殺しの犯人として逮捕され留置場にはいっていた。
 九太夫は自分の旅館のロビーで糸子と辰男を前にコーヒーをすすりながら、気持よげに自慢話しをしていたのである。
「あなた方は四人そろってなぜ父がビルマの孫をよぶことを思いたったか、その本当のコンタンが知りたいと云ってましたね。すくなくとも実演のはじまるまでは、それがあなた方の最大の関心事であったはずです。ところがね。殺人事件が起ると、これをバッタリ忘れてしまった。無理からぬことさ。当の本人が殺されてしまえばそのコンタンも殺されたも同然で、もはや問題ではなくなったわけだ。私とても同じこと、そのことは、今朝糸子サンから荷物の話をきくまでフッツリ思いだしたことがなかったわけだ。ところが糸子サンの報告をきいてピンときましたね。たぶんビルマの孫の秘密がそのへんにあるんじゃないかとね。それから考えてみた。するといろいろのことがみんなそれに結びつけるとスッキリと説明がつくのですよ。まず第一に、後閑サンはいつも土曜の夕方にきて月曜の朝東京へ戻るのに、今度に限って木曜の夕方にきて金、土と外出もしないということですね。土、日ときまった心霊術の実演会を待つのに木曜から来ている必要はありませんや。いかにハリキッたにしても、子供でもそんなことはやりッこありません。つまり荷物を待つためだ。吉田八十松宛にくる荷物だから八十松に知られぬうちに処分したい。それで待ちに待ってたのですよ。第二には、八十松の荷物は駅止めでついています。しかるに他の一個は宅送で後閑仙七方吉田八十松、発送人も八十松です。同一人の送ったものが一ツは宅送、一ツは駅止め、これが変だ。その謎をキレイに解いてくれるのが糸子サンの報告です。それはオレの荷物だと叫んで後閑サンが凄い見幕で走ってきたと云いますし、八十松は荷物を受け取ったとき、何の荷だろうとフシギがっていたというではありませんか。フシギがるわけですよ。自分の荷物じゃないんだものね」
「それじゃア父の荷物なんですね」
「むろんですとも、つまりこの荷物を大和から熱海へ送りこむのがビルマの孫の秘密だったわけです、この大荷物を怪しまれずに熱海へ到着させるにはどうすればよいか、熱海駅でよりも大和からの発送が問題なんです。大和から大荷物を送ると怪しまれる理由があったのですから。そこで考えたのは、怪しまれずに大荷物を動かす方法。これがビルマの孫の秘密なのです。心霊術師は出張ごとに大荷物を動かすのが普通なのですから、しかも大和には吉田八十松という評判の心霊術師がいます。このことを知るに及んで後閑サンは大喜びしたのでしょうね。そこでさっそく心霊術師を呼び寄せるべき理由をあれこれと考えて、まず戦死したはずの長男が幽霊になって出てきたと
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