糸子の証言
――この短剣に見覚えがありますか
――あります。たしか応接間の飾り棚の中に人形だの船の模型だのガラクタ類と一しょに置き並べてあったものです。西洋の短剣で高価なものではないようです
――応接間にはガラクタを並べておくのですか
――商売が高利貸ですから差押えで仕方なしにガラクタがふえるんですね。家中どの部屋も床の間の違い棚や飾り棚の中にガラクタだらけなんです
――いつなくなったか覚えていますか
――そんなことは知りません
――皆さんが坐っていた場所はこうでしたね
――こうだったと思います
――誰かがお父さんの方へ歩く気配に気附きましたか
――全然
――お父さんの刺された気配は
――全然
――あなたと兄さんだけが後方に坐っていたのですね
――兄は立ってたんですよ。坐れば見えませんから。立ってたから後でよかったんでしょうね
九太夫の証言
吉田八十松は名手の名のある人ですが、旅先のことで人をアッと云わせる芸はできない相談だったのですね。それでもわずかな材料を生かして意表をつく苦心を払ったようです。たとえば中央にテーブルをすえ、下にはジュウタン、側面と天井には暗幕をはりめぐらして、いかにもテーブルをあげてみせるぞと云わぬばかり、ジュウタンの下や暗幕の上から側面すべてコードや紐の仕掛け充分の様子にこしらえておいたのです。そのくせ、その仕掛けは何一つほどこしておかなかったのです。これはたぶん見物の者がそれを改めることを予期して裏をかいたのかと思いますが、あるいは被害者からでも私が参観にくることを前もって知らせをうけて意表にでた用意かも知れません。したがってボックスの中からカラクリをやる手法も用いません。ボックスの内から外へ通じる仕掛けは一切ほどこさぬ用心をしていたのです。したがってあの人が行ったのは縄ぬけして前面へでて曲芸をやることだけでした。この曲芸も最初にちょッと意表をつきましたね。かなり巧妙な方法でした。夜光塗料の品物でなしに、まず四ポンドぐらいの鉄丸と音響仕掛けの道具を投げたんですね。鉄丸の落下音も相当なものでしたが音響仕掛けのガラガラガラという怪音には悩まされましたよ。むろんこれには紐がつけてあって、あとでたぐりよせてポケットへなりボックスの中へなり隠しこむのです。こうしてガンとおどかしておいて夜光塗料の品々をあやつりはじめ
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