陰にかくして近かより、つと走りでゝ鷹をとばせる。すると向い待という役があって、この連中は農夫のマネをして、畑を耕すフリをして待っており、鷹が鳥にとりついて組み合う時、鳥をおさえるのである。
「信長公は達者ですから、御自身度々鳥をとらえられます」
信玄は深くうなずいて、
「よくわかった。あの仁が戦争巧者なのも、道理である」
と、色々納得した様子であった。そこで天沢がイトマをつげると、又帰りの道にゼヒ立ちよって行くがよい、と、信玄は機嫌よく、いたわってくれた。
もとより、信玄にとっても、信長は大いに疑問の大将であった。
彼は天沢の話から、果して正確な信長像を得たであろうか。天沢の話は、たしかに信長像の要点にふれていた。信長の独特な狩の方法、信長|愛誦《あいしょう》の唄、信長を解く鍵の一つが、たしかにそこにはあるのである。それを特に指定して逐一きゝだした信玄が、然し、今日我々が歴史的に完了した姿に於て信長の評価をなしうるように、彼の人間像をつかみ得たか、然し、信玄には信長を正解し得ない盲点があった。自ら一人フンドシ一つで大蛇見物にもぐりこむような好奇心は、然しそれが捨身の度胸で行われ
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