称されるに至った。
 二歳年少の弟弟子《おとうとでし》に南陽房という名門の子弟がいて、これが又、学識高く、若手にして諸学に通じる名僧で、二人は非常に仲がよかったが、道三は坊主がイヤになって、還俗し、女房をもらって、油の行商をはじめた。
 辻に立ち、人を集めて、得意のオシャベリで嘘八百、つまりテキヤであるが、舌でだましておいて、一文銭をとりだす。サア、サア、お立会い、ヘタな商人はジョウゴについで油をうる、腕も悪いが油も悪い。タアラ、タラタラと一とすじの糸となって流れでる油、これが、よい油だよ。さあ、お立会い。拙者の油は、よい油だ。よろしいか。拙者は油をヒシャクにくむ。それを、こうして、イレモノへつぐ。タアラリ、タアラリ一とすじの糸、ごらん、穴アキの一文銭の穴を通して、タアラリ、タアラリ。まちがっても、穴のフチに油がかゝったら、ゼニはいらん。ようく、みな、フチに一滴たりとも、かゝるか、かゝらないか、そうれ、みな、タアラリ、タアラリ。
 手練の妙、穴を通して、フチへ油のかゝったことがない。大評判、油は一文銭の油売りの油にかぎるとなって、たちまちのうちに金持ちになった。
 油を売りながら兵法に心をそゝぎ、昔の坊主仲間の南陽房にたよって、美濃の長井の家来となり、長井を殺し、長井の主人の土岐氏から聟をもらって、その聟を毒殺、土岐氏を追いだして、美濃一国の主人となって、岐阜稲葉山の城によった。
 主《ぬし》をきり聟をころすは身のをはり、昔は長田、今は山城
 というのが、当時の落首だ。山城とは、斎藤山城入道道三のことだ。微罪の罪人を牛裂きにしたり、釜で煮殺したり、おまけに、その釜を、煮られる者の女房や親兄弟に火をたかせた。釜ゆでの元祖は石川五右衛門ではなかったのである。
 悪逆陰険の曲者だったが、兵法は達者であった。信長同様、長槍の利をさとり、鉄炮の利器たるを知って、炮術に心をくだいた。明智光秀は炮術の大家であるが、斎藤道三について学んだのだと云われている。
 こういう曲者が隣国にいて、信長の父は、隙をねらって攻めたり、攻められたり、年来の敵手であるから、信長のモリ役の平手中務は年少の信長に道三の娘をめあわして、後日にそなえておいた。
 道三は政略結婚、結構。相手がその気なら、こだわることはない。聟の一匹二匹、ひねり殺すに、こだわる気持が元々ないのだ。
 けれども、道三は、さすがに悪党のカンである、大ウツケ者、バカ若殿。この御仁の代には必ず家がつぶれる、という、大評判。ほかならぬ織田家の家来の定説なのだ。然し、さすがにこの悪党は、世の定説のごときものを、そのまゝ、ウノミにしなかった。
 人があの小僧はバカだというたびに、ほんとか、なぜだ、ときいた。そして、バカではあるまい、と言うのであった。
 フンドシカツギのマゲをゆい、ユカタの着流しに、片ハダぬいで、腰に火ウチ袋やヒョウタンを七ツも八ツもぶらさげて、人の肩につるさがって、瓜をほおばり、餅をかじりながら道を歩いているという。なるほど、行儀は、若殿らしいものではない。オヤジの葬式に、ふだん着の姿でチョコ/\と現れ、抹香をクワッとつかんで投げつけるとはバカだ。
 けれども水練は河童の如しというではないか。荒れ馬を縦横に駈け苦しめて乗り殺すほどの達人だというではないか。炮術に練達し、長柄の槍の利得を見ぬいているというではないか。腕ッ節の強さだけでも、曲者ではないか。
 然し、誰一人、道三の意見に賛成しない。アハハ、とんでもない、あれはマギレもない大バカ野郎にきまっています、とみんながみんな、言う。
 そうか、とにかく、実物を見なくちゃ分らない、ひとつ、バカ聟をよびだして、なぶってやろう、と、色男の悪党ジジイがニヤニヤ思いついて、何月何日、富田の正徳寺で会見致そうと使者をたてた。
 そのとき、信長、十九である。聟をだましてヒネリ殺すぐらい平気の悪党ジジイのやることであるが、信長ちッとも、こだわらない。即座に承知の返事をした。
 道三は、バカか、バカでないか、実物判断というのが、そもそもの着想であったが、みんなタワケの大バカ野郎と言いたて、きめこんでいるから、彼も自然、バカ聟をからかってやれ、という気持が強くなった。
 道三は富田の正徳寺へ先着し、わざと古老の威儀いかめしいオヤジどもの侍ばっかり七八百人、いずれも高々とピンと張った裃《かみしも》、袴、いと物々しく、お寺の縁へズラリ並ばせた。礼儀知らずのバカ小僧が、この前を通りかゝる。物々しいシカメッ面の大僧ばかりが、目の玉をむいて、ズラリと威儀をはって居流れているから、バカ聟も仰天しやがるだろうという趣向であった。
 こうしておいて、道三は町はずれの小さな家にかくれ、そこからのぞいて、信長の通りかゝるのを待っていた。
 信長の一行がやってきた。サキブレ
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