悪党のカンである、大ウツケ者、バカ若殿。この御仁の代には必ず家がつぶれる、という、大評判。ほかならぬ織田家の家来の定説なのだ。然し、さすがにこの悪党は、世の定説のごときものを、そのまゝ、ウノミにしなかった。
人があの小僧はバカだというたびに、ほんとか、なぜだ、ときいた。そして、バカではあるまい、と言うのであった。
フンドシカツギのマゲをゆい、ユカタの着流しに、片ハダぬいで、腰に火ウチ袋やヒョウタンを七ツも八ツもぶらさげて、人の肩につるさがって、瓜をほおばり、餅をかじりながら道を歩いているという。なるほど、行儀は、若殿らしいものではない。オヤジの葬式に、ふだん着の姿でチョコ/\と現れ、抹香をクワッとつかんで投げつけるとはバカだ。
けれども水練は河童の如しというではないか。荒れ馬を縦横に駈け苦しめて乗り殺すほどの達人だというではないか。炮術に練達し、長柄の槍の利得を見ぬいているというではないか。腕ッ節の強さだけでも、曲者ではないか。
然し、誰一人、道三の意見に賛成しない。アハハ、とんでもない、あれはマギレもない大バカ野郎にきまっています、とみんながみんな、言う。
そうか、とにかく、実物を見なくちゃ分らない、ひとつ、バカ聟をよびだして、なぶってやろう、と、色男の悪党ジジイがニヤニヤ思いついて、何月何日、富田の正徳寺で会見致そうと使者をたてた。
そのとき、信長、十九である。聟をだましてヒネリ殺すぐらい平気の悪党ジジイのやることであるが、信長ちッとも、こだわらない。即座に承知の返事をした。
道三は、バカか、バカでないか、実物判断というのが、そもそもの着想であったが、みんなタワケの大バカ野郎と言いたて、きめこんでいるから、彼も自然、バカ聟をからかってやれ、という気持が強くなった。
道三は富田の正徳寺へ先着し、わざと古老の威儀いかめしいオヤジどもの侍ばっかり七八百人、いずれも高々とピンと張った裃《かみしも》、袴、いと物々しく、お寺の縁へズラリ並ばせた。礼儀知らずのバカ小僧が、この前を通りかゝる。物々しいシカメッ面の大僧ばかりが、目の玉をむいて、ズラリと威儀をはって居流れているから、バカ聟も仰天しやがるだろうという趣向であった。
こうしておいて、道三は町はずれの小さな家にかくれ、そこからのぞいて、信長の通りかゝるのを待っていた。
信長の一行がやってきた。サキブレ
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