だから、人の揚足《あげあし》をとったとなるともう放さぬ。それでは今晩一晩で庭を作って見せて下さい。ああ宜《よろ》しいとも。キッとですね。ということになって、殿様は蒼白になって藩邸へ帰ってきた。すぐさま都甲太兵衛を召寄せて、今晩一晩でぜひとも庭を造ってくれ。宜しゅうございます。太兵衛はハッキリとうけあったものである。一晩数千の人夫が出入した。そして翌朝になると、一夜にして鬱蒼たる森が出来上っていたのであった。尤も、この森は三日ぐらいしか持たない森で、どの木にも根がついていなかったのだ。宮本武蔵の高弟はこういう才能をもっていた。都甲家は今も熊本につづいているという話である。
 宮本武蔵に『十智』という書があって、その中に「変」ということを説いているそうだ。つまり、智慧のある者は一から二へ変化する。ところが智慧のないものは、一は常に一だと思い込んでいるから、智者が一から二へ変化すると嘘だと言い、約束が違ったと言って怒る。然しながら場に応じて身を変え心を変えることは兵法の大切な極意なのだと述べているそうだ。
 宮本武蔵は剣に生き、剣に死んだ男であった。どうしたら人に勝てるか自分よりも修業をつみ
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