た。
 然しながら「肉を切らして骨を切る」という剣術の極意は、必ずしも武士道とは合致しない所がある。具えなき敵に切りかかっては卑怯だとか、一々名乗りをあげて戦争するとか、所謂《いわゆる》武士道的形式に従うと剣術の極意に合わない。「剣術」と「武士道」とは別の物だと言ってしまえば、正しくその通りであって、武士道は必ずしも剣道ではない。主に対する臣というものの機構から生れてきた倫理的な生き方全般に関するもので、一剣術の極意を以て律する事は出来難い所以《ゆえん》であるが、逆に武士道から剣を律しようとして「剣は身を守るものだ」と言ったり、村正の剣は人を切る邪剣で正宗の剣は身を守る正剣だ、などと言うことになると、両者の食い違うところが非常にハッキリしてくるのである。
 剣術には「身を守る」という術や方法はないそうだ。敵の切りかかる剣を受止めて勝つという方法はないというのだ。大人と子供ぐらい腕が違えばとにかく、武芸者同志の立合いなら一寸でも先に余計切った方が勝つ。肉を切らして骨を切るというのが、正しく剣術の極意であって、敢て流派には限らぬ普遍的な真理だという話である。
 いったい武士というものは常に
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