仕方がないから、母には内密に、私から断わることにして、近所の洗濯屋の娘で、薄馬鹿だけれども伝言の口上だけはひどく思いつめて間違いなくハッキリいってくるという、潔癖のすぎたあげくの気違いのような娘がいて、私に変に親しみをこめて挨拶するような仲だから、この娘に伝言をたのんだ。私より三ツ年上のそのとき二十二であった。この娘が私にいわれた通り、無理に親分に会わせてもらって、口上を間違いなく述べたから、親分は笑って、そうかい、よしよし、お駄賃をくれて帰して、その日のうちに相当の乾児《こぶん》を使者に破約を告げて、お嬢さんへ親分からの志といって、まるで結納のように飾りたてた高価な進物をくれた。
そうこうするうちオメカケなぞは国賊のような時世となって、まっさきに徴用されそうな形勢だから、母は慌ててやむなくオメカケの口はあきらめ、徴用逃れに女房の口を、といいだしたけれども、たかがオメカケの娘だもの、華族様だの千万長者の三太夫の倅だって貰いに来てくれるものですか。そこへ徴用が来たのだから、母は血相を変えた。そしてその晩、夕食の時にはオロオロ泣きだしてしまったものだ。
世間の娘が概してそうなのか私は人
前へ
次へ
全83ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング