こと、と見ていたが、おのずから生起する心は仕方がない。
ふと孤独な物思い、静かな放心から我にかえったとき、私は地獄を見ることがあった。火が見えた。一面の火、火の海、火の空が見えた。それは東京を焼き、私の母を焼いた火であった。そして私は泥まみれの避難民に押しあいへしあい押しつめられて片隅に息を殺している。私は何かを待っている。何ものかは分らぬけれど、それは久須美でないことだけが分っていた。
昔、あのとき、あの泥まみれの学校いっぱいに溢れたつ悲惨な難民のなかで、私はしかし無一物そして不幸を、むしろ夜明けと見ていたのだ。今私がふと地獄に見る私には、そこには夜明けがないようだ。私はたぶん自由をもとめているのだが、それは今では地獄に見える。暗いのだ。私がもはや無一物ではないためかしら。私は誰かを今よりも愛すことができる、しかし、今よりも愛されることはあり得ないという不安のためかしら。燃える火の涯もない曠野のなかで、私は私の姿を孤独、ひどく冷めたい切なさに見た。人間は、なんてまアくだらなく悲しいものだろう、馬鹿げた悲しさだと私はいつもそんなときに思いついた。
私が入院しているとき、お相撲の部
前へ
次へ
全83ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング