おり、その世界を全面的に認めているから、たとえば三木昇が好色で肉情以外に何もなくとも、そのことで軽蔑はしなかった。できないのだ。文化というのだか、教養というのだか、なんだか私にもよく分らぬけれども、精神的に何かが低いから厭になっただけであった。
母の旦那は大きな商店の主人であったが、山の別荘へ疎開した。その隣村の農家だかに部屋があるからという知らせがきて、母は疎開したがったが、私が徴用で動けないので、大いに煩悶していたが、空襲がはじまり、神田がやられ、有楽町がやられ、下谷がやられ、近いところにポツポツ被害があったりして、母も観念して単身荷物と共に逃げだした。母もまた私同様病気と死ぬことが何よりの嫌いで、雪夫は医者に育てるのだと小さい時からきめていたのは、少しでも長生きしたいという計算からであった。
母は一週間に一度ずつ私を見廻りに降りてきた。けれども実際は若い男と密会のためで、これだけは私に隠しておきたかったのだけれども、交通も通信も不自由で、打合せがグレハマになるから、仕上げは御見事というわけにも行かず、男を家へひきいれて酒をのみ泊めてやることもあった。
私は母だから特別の生き
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