だすのが、きらい」
「お前という人は、私には分らないな」
「あなたはなぜ諦めたの?」
「だってお前、僕は貧乏なウダツのあがらねえ下ッパ相撲だからな。お前は遊び好きの金のかかる女だから」
「諦められる」
「仕方がねえさ」
「諦められるなら、大したことないのでしょう。むろん、私も、そう。だから、私は、忘れる」
「そういうものかなア」
「つまらないわね」
「何がさ」
「こんなことが」
「まったくだな。味気ねえな。僕はもう生きるのも面倒なんだ」
「そんなことじゃアないのよ。私は生きてることは好きよ。面白そうじゃないの。また、なにか、思いがけないようなことが始まりそうだから。私は、ただ、こんなことがイヤなのよ」
「こんなことって?」
「こんなことよ」
「だから」
「しめっぽいじゃないの。ない方が清潔じゃないの。息苦しいじゃないの。なぜ、あるの。なければならないの。なくて、すまないことなの?」
 エッちゃんは答えなかったが、ノッソリ起きて、閉じられた雨戸をあけて庭下駄を突ッかけて外へでて行った。闇夜なのだか月夜なのだか、私は外のことなど見も考えもしなかったが、エッちゃんは程へて戻ってきて私の胸の上へ大きな両手をグイとついた。力をいれたわけではないのだろうけど、私はウッと目を白黒させたまま虚脱のてい、エッちゃんは私の肩にグイと手をかけて掴み起して、
「オイ、死のう。死んでくれ」
「いや」
「もう、いけねえ、そうはいわせねえから」
 私はいきなり軽々と掴みあげられ、担がれてしまった。私はやにわに失神状態で、何の抵抗もなくヒョイと肩へ乗せられてしまったが、首ったまにかじりつくと、何だかわけの分らないような一念が起って、
「いいの、私は悲鳴をあげるから、人殺しッて叫ぶから、それでもいいの」
 雨戸を押しひろげるためにガタガタやるうち片手を長押《なげし》にかけて、
「我を通すのは卑怯じゃないの。私は死ぬことは嫌いよ。そんな強要できて? 死にたかったら、なぜ、一人で死なないの」
 エッちゃんは、やがて蒸気のような呻き声をたてて、私を雨戸の旁へ降して、庭下駄はいて外の闇へ歩き去った。私は声をかけなかった。
 私は眠るときでも電燈を消すことのできない生れつきであった。戦争中でも豆電球をつけなければ眠られぬたちで、私は戦争で最も嫌いなのは暗闇であった。光が失われると、何も見えないからイヤだ。夜中
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