の特権ですな。したがってまた友だちが女をつれて私の前へ現れたときは、私は彼の下役であり、また鈍物であるが如く彼をもちあげてやるです。これを紳士の教養と称し義務と称する、男女もまた友人たるときは例外なくこの教養、義務の心掛がなきゃ、これ実に淑女紳士の外道だなア。奥さんなんざア、天性これ淑女中の大淑女なんだから、私がいわなくっとも、なんとかして下さるはずなんだと思うんだけどな」
 ノブ子さんには大学生が口説いたり附文《つけぶみ》したり、マーケットの相当なアンちゃん連が二三人これも口説いたり附文したり、何々組のダンスパーティなどと称して踊りを知らないノブ子さんを無理につれて行くから、田代さんのヤキモキすること、テゴメにされちゃア、あの連中、やりかねねえから、などと帰ってくるまで落着かない。からだなんざアとか、処女なんて、とかいってるくせに、案外そうでもないらしいから、私がからかってあげる。それは、あなた、だって、なにも、下らなく傷物になることはないからさ、誰だってあなた、好きな人が泥棒強盗式みてえに強姦されたんじゃア、これは寝ざめが悪いや。かほど熱心に口説いているけど、ノブ子さんはウンといわない。けれども田代さんが好きなのである。
 私と全然似てもつかないノブ子さんは、私のもろい性質、モウロウたるたよりなさを憐れんで、私よりも年上の姉さんのように心配してくれた。しかし実際は表面強気のノブ子さんが実際は自分の行路に自信がなくて、営業のこと、恋のこと、日常の一々に迷い、ぐらつき、薄氷を踏むようにして心細く生きているのを私は知りぬいており、私は無口だから優しい言葉なんかで、いたわってあげることはないけれども、身寄りのないノブ子さんは私を唯一の力にしてもいた。
「奥さん、しかし、まずかったな。浮気という奴は、やっぱり、誰にも分らないようにやらなきゃダメなものですよ。しかし、ここで短気を起しちゃ、尚いけない。それが一番よくないのだから、何くわぬ顔で帰ること。そして、なんだな、関取と泊った、そこまでは分っているから仕方がないが、一緒に泊ったが、関係はなかった、いいですか、こいつをいい張るのが何よりの大事です。いい張って、いい張りまくる、疑りながらも、やっぱりそうでもねえのかな、と、人間てえものは必ずそう考える動物なんだから、徹頭徹尾、関係はなかった、そういい張っていりゃア、第一御本人
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