が、十両へ落ち、あげくには幕下、遂には三段目あたりへ落ちて、大きな身体でまたコロコロ負かされている。芸術の世界などだったら、個人的に勝負を明確に決する手段がないのだから、落伍者でも誇りやウヌボレはありうるのに、こうしてハッキリ勝敗がつく相撲というものでは負けて落ちてゆく、ウヌボレ慰めの余地がない。残酷そのもの、精神侮蔑、まるで人の当然な甘い心をむしりとり人間の畸形児をつくりあげている、たえがたい人間侮蔑、だから私はエッちゃんが勝ったときは却ってほめてやる気にならず、負けた時には慰めてやりたいような気持になった。
その場所の始まる前に巡業から帰ってきて、
「僕はサチ子さんの気質を知っているから、くどくいいたくないけれど、好きなんだから仕方がないよ。いつも口説くたんびに、ええ、そのうちに、とか、いつかね、とか、どうもね。だから、こっちもキマリが悪いけど、僕も、もう、東京がつくづく厭でね、それというのが本場所があるからで、以前は本場所を待ちかねたものだけど、ちかごろは重荷で、そのせいだけで、ふるさとのお江戸へ帰るのが苦しいのさ。それでもいくらか帰る足が軽くなるのはサチ子さんがいるということ一つだけで、さもなきゃ、廃業したいぐらい厭気ざしているのだが、廃業しちゃア、サチ子さんも相手にしてくれないだろうなぞと考えて、ともかく裸ショウバイになんとか精を出すように努めているのだ。こんな僕だから思いはいっぱいだけど、自分一人勝手のわがままはいいたくない。それはこんなショウバイをしているオカゲで、取柄といえば、女と男のことだけはいくらか身にしみて分るんだな。僕らはよくヒイキの旦那の世話になる。旦那というものにはオメカケがいるものだが、旦那はみんないい人たちで、だからサチ子さんの旦那でも僕には旦那という人が、みんないたわってあげたいような気持になる。だから僕の見てきたところでも、オメカケが浮気をしてロクなことになったタメシはないね。罰が当るんだ。けれども、サチ子さん、僕にはもう心の励みがあなた一人なんだから、僕は決して女房になってくれ、そんな無理なことはいわない。こうして毎日つきあってもらって、それで満足できりゃいいけど、別れて帰ると、なんとも苦しい。ほかの女でまにあうというものじゃアないんでね。巡業に出ているうちは忘れられる。こうして目の前に見ちゃ、ダメだ。僕が相撲をとってるうち、
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