男の人たちも登美子さんと同じように私の親切を浮気のせいだと心得て、たちまち狎《な》れて口説いたり這いこんだりする。特別、避難所の国民学校では屈することなくしっきりなしの猛襲にうんざりして、こんな人たちとこんな風に都を落ちて見知らぬ土地へ流れるなんて、私はとても、甘えすぎたクズレが我慢のできない気持でもあった。
だから私は専務を見るとホッと安堵、私はたちまち心を変えて別荘への伝言をオソヨさんにたのみ、私は専務にひきとられた。
★
久須美(専務)は五十六であった。
さして痩せてるわけでもないが、六尺もあるから針金のようにみえる。獅子鼻で、ドングリ眼《まなこ》で、醜男そのものだけれども、私はしかし、どういうせいか、それが初めから気にかからなかった。まじりけのない白髪が私にはむしろ可愛く見え、ドングリ眼も獅子鼻も愛嬌があって私はほんとに嘘や虚勢ではなく可愛く見える。私は少女のころから男の年齢が苦にならず、女学生の時も五十をすぎた教頭先生が好きでたまらなかった。この人も美しい人ではなかった。
終戦後、久須美は私に家をもたせてくれたが、彼はまったく私を可愛がってくれた。そしてあるとき彼自身私に向って、君は今後何人の恋人にめぐりあうか知れないが、私ぐらい君を可愛がる男にめぐりあうことはないだろうな、といった。
私もまったくそうだと思った。久須美は老人で醜男だから、私は他日、彼よりも好きな人ができるかも知れないけれども、しかしどのような恋人も彼ほど私を可愛がるはずはない。
彼が私を可愛がるとは、たとえば私が浮気をすると出刃庖丁かなにか振り廻して千里を遠しとせず復縁をせまって追いまわすという情熱についてのことではなくて、彼は私が浮気をしても許してくれる人であった。
彼は私の本性を見ぬいて、その本性のすべてを受けいれ、満足させてくれようとする。彼が私に敢て束縛を加えることは、浮気だけはなるべくしてくれるな、浮気するなら私には分らぬようにしてくれ、というぐらいのことだけであった。
だいたい私みたいなスローモーションの人間は、とても世間並の時間の速力というものについて行けない。けれども私は人と時間の約束したり一つの義務を負わされると、とても脅迫観念に苦しめられるけれども、どうしてもスローモーションだからダメで、会社へでていたころは二時間三時間、五時間
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