やりだしているのであるが、はからずも、ドストエフスキーとゴッホの発病時の表現に、いちじるしい類似のあることを見出した由であった。
この二人の芸術家は、いずれも自らの発作について手記を残しているのであるが、先ず発病の時期に宗教的な三昧境《さんまいきょう》を見る。小林はルリヂヤス何とかと云った。僕らは酒をのんで話を交していたので、こまかいことは忘れてしまったが、このルリヂヤス何とかという表現が、二人の手記に同じ言葉が用いられているので、小林はゴッホもテンカンじゃないかと疑りだしているのである。
これだけの類似でゴッホもテンカンだと即断するのは、もとより不当であり、だいたい分裂病の症状は多種多様で、無限の型がありうるから、尚更、わからない。
然し、分裂病の型が多種多様だということについては、つまり、精神病学がまだ幼稚であり、多くの型を一とまとめに分裂病とよんで済ましているだけのことではないかと思われる節が多い。
事実、精神については、医者のみならず、文士も、哲学者も、その実体に確たるものを知り得ていないではないか。
小林秀雄はフロイドの方法が東大に於て使用されているかどうかをきき、使用していないという僕の返事に、ちょッと意外な顔をした。
僕自身発病して入院するまで、フロイドの方法をかなり高く評価していた。然し、入院して後は、突如として、フロイドの方法はダメだという唐突な確信をいだいた。
大体、分裂病が潜在意識によるかどうかは疑わしいが、僕の場合は、鬱病であり、それにアドルム(催眠薬)中毒の加ったものである。分裂病に比べれば、鬱病には、まだしも、潜在意識の作用はたしかにある。何かゞ抑圧されていることが、病状を悪化させる一つの理由となっていることは確かである。
東大で鬱病を治療するには、主として持続睡眠療法であり、ほかに電気療法なども用いるらしい。(分裂病にはエンシュリン、電気、或いは脳手術である)
僕のうけた治療は持続睡眠療法であった。これはある種の催眠薬によって、人工的に一ヶ月ほど昏睡させるものである。この昏睡の期間に、患者は食事をとり、用便をし、時に医者と話を交し、僕の場合は本や新聞を片目をつぶりながら読んでいたりした由であるが、それらのことは全く覚醒後は記憶に残っていない。一ヶ月睡って目覚めた時、一晩睡ったとしか思わない。はじめは、一ヶ月の時日のす
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