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法医学者の間でも、自殺説と他殺説があった。他殺説の根拠はタマの射こまれたのがコメカミよりもやや後方で、斜め後方から射たれていること。但し、自殺者がこの角度から発射するのが絶対に不可能だという確実さではない。
他殺説の根拠はむしろ状況的なもので、全裸で自殺することが奇怪であるのが第一。それ以上に奇妙なのはバスタオルが足部にかかっていることであった。犯人が犯行後にかけたものでないとすれば、自殺の瞬間まで胸のへんに押えていたのが、自殺後にズリ落ちて倒れる時には足のところまできていた。そう考えなければならない。
ところが、ピストルで自殺するには一方の手に必ずピストルを使わなければならない。してみればバスタオルを押えていたのは片手でなければならないが、これから自殺しようという時に、ダルマのカッコウのようにバスタオルを羽織って片手で押えながらヒキガネをひくというのは、どうも変だ。
長々神経衰弱の者が突然フラフラ死を思い立って半ば喪失状態でヒキガネをひいたとすればそんな取り乱した死に方もするかも知れぬが、唐手の稽古を小一時間もやってシャワーをものの十分間も浴びた人間がその直後にやることだとは考えられない。バスタオルを羽織る気持があるなら服をつけるぐらいのタシナミがありそうなものだ。それとも、突然自殺の必要が起ったのであろうか。
服をつけるヒマもない突然の必要というものは、自殺の場合よりも他殺の場合により多いことを想定しなければならない。しかし、これとても他殺の決定的な理由になるわけではなかった。
より以上にツジツマが合わないことは、神田が久子の来訪を待ちかねていたこと。その神田が久子を隣室に待たせておいて顔も見せずに自殺するとは何事であろうか。
それについて、久子は奇怪な申し立てを行っているのである。
「私が神社の前にたたずんでいましたのは、そこで待っておれという先生のお言葉だったからです」
「いつ命令をうけましたか」
「その前日、午後二時ごろ、先生から社へお電話がありましたのです。渡すものがあるから、正午ごろ神社の前で待っておれと申されました」
「なぜ正午まで待たなかったのですか」
「先生のお宅がすぐ近いのに、そんなところに待ってるのが不安になったからです。コソコソと人に隠れるようなことがしていけないように思われて、正午ちかくなってから、
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