つけて、キチンと思い通りの計算をわりだすことがお出来になる。あなたは四角のものを円だと云って、そのワケをキチンと説明のできる方です。白いものを黒だと云って、そのワケをキチンと証明することもお出来になるに相違ありません。自分の欲する通りの計算がおできなのに、どうして一生貧乏なさったのでしょうね。梅村さん。そのワケがお分りですか。なぜ貧乏なさったか? 思いのままにキチンと計算ができながら、ね。そのワケは、こうです。あなたの計算は、あなただけしか通用しません。世間ではその計算が通らないのです。四角は常に四角。白は黒では有りえないのです」
「公式通りには、いきません。なぜなら、戦争ですから。一寸先はヤミ、ということを、あなたは忘れてらッしゃるのです」
「あなたは、又、一寸先はヤミ、というウマイ方式で単純に割りきって、手前勝手な言いくるめ方をあみだしていらッしゃいますよ。しかし、ねえ、それでは人生は身も蓋もありません。そうでしょう。たとえばですね。家を買う。戦争の時でなくッたって、その晩、火事で焼けるかも知れません。源泉を買う。地底の変化で突然源泉が出なくなるかも知れません。牛を買う。翌日死ぬかも知れません。それを理窟にして、五千円のものを、千円、五百円、タダにしろと云えますか。しかし、理窟としては、たしかにタダでも有りうるのです。なぜなら、買った日に、燃えたり死んだりするかも知れませんから、ね。あなた、その理窟をふりかざして、世渡りができるでしょうか」
「いえ。できますとも。あなたこそ、平時と戦時をゴッチャにして、計算をごまかしていらッしゃる。みんな別荘をすてて逃げている時代なのです。すべて物という物が無価値になりつつある時代なのです。あなたの計算が、手前勝手なのです」
亮作の眼は妖光を放ち、口はケイレンして泡をふいた。気違いじみた確信だ。
野口はあせらずに、論争の焦点をずらした。
「私は、こう考えますよ。日本が亡び、人間が死滅するのでない以上、戦争の終ったあとで、私たちの希望のよりどころになるものは、私たちの所有している物だろうと思います。何も所有していなかったら、こんな悲しいことはありません。月給だの食糧だのを与えてくれる機関や秩序があるかどうか、見当もつきませんからね。無一物なら、むかしの野武士のように、強盗でもして生きる以外に手はないでしょう。あなたの年では、強
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