々に掘りまくられ、亮作もモッコ運びにかりだされた。
伊東から四方へ走る峠の細道は、家財を運んで本土最初の戦場を逃げる人々でごった返している。別荘の売物が諸方に現れて、ただのように値が下ったが、買い手がない。
野口もあきらめた。本土最初の戦場ではないにしても、東京にちかい太平洋沿岸が修羅場になるのは、おそかれ早かれ必然の運命だ。このへんの山という山、海という海が火をふいて、空という空を弾が走るにきまっている。すべての家も木も吹っとんで、一面にひっくりかえされた土地だけが残る。こんなところに住むのは、自殺するようなものである。
野口は軽井沢に別荘があるから、案外あきらめがよかった。吹きとばされる先に、別荘をうって、軽井沢へひッこむにかぎる。安くても、ただ吹きとばされるよりはマシである。よその別荘は売れなかったが、彼は売りつける自信があった。
いったい亮作は肌身放さぬ包みの中に、いくら持っているのだろうと野口は真剣に考えこんだ。
「梅村さん。私たちは軽井沢へひきあげようと思いますが、どうです、この別荘を買いませんか。土地ぐるみ、温泉ぐるみ、ただの一万。まるで捨てるようですが、あなたになら、一万でゆずりましょう」
亮作はモッコかつぎに出ていたから、町の様子は手にとるように知っていた。
持てる連中は大騒ぎだ。別荘や運びきれない物品が捨て値で売りに出ている。それでも買い手がない。町の人々は敵の上陸を信じこんでいるからだ。亮作がそれを信じないわけはなかった。しかし彼は持たないから、落付いており、あらゆる人々に穴居の運命が近づくのを見ているだけのことであった。
亮作は自分の家が欲しいと思っていた。焼けだされた当時は、住むべき家のないことが何よりの悲しさであったが、今はそれほどでもない。なぜなら、何百千万の同類ができたからである。しかし欲しくないことはない。
もしも捨て値の別荘を手に入れて運よく戦禍をまぬがれたらと亮作は思った。今の彼の運命は逆転してしもうのである。家をもてる小数の一人となるかも知れない。
町の中の別荘とちがって、野口の住居は平野のドンヅマリの田畑の中に孤立している。ひょッとすると、助かる可能性がある。あるいはこの町でただ一人の家をもてる人となるかも知れない。
そう考えると、むくむくと人生の希望がわいてきた。
しかし野口の言い値は法外であった。彼
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