長両方と関係があったそうじゃないか。土日は部長と、洋裁へ行くという日は課長と、火木は僕と、三人も相手に、よく化けてきたものだ。僕が結婚しましょうと云った時には、主人が生きて帰るかも知れないから、こうして時々あうだけにしましょうと云いながら、部長課長が左センされて東京を立去ることになって、結婚しようとは、人を甘く見くびりなさるな。
ざッとそんな意味の手紙であった。
幸吉は、おかしな気持であった。ふといアマがあるものだ。呆れたアマだ。然し、なんとなく、晴々とした気持であった。すべての疑いはとけた。こうこなければ話が分らぬ。あれほどの好色で、結婚しないという意味が分らぬ。今日の様子が変っていたのも、のみこめるというものである。
あのアマのいるうちにこの手紙を読めば、タンカの一つも切って、気持よく追んだすことができたのに、残念千万だと思った。
★
ところが三日目の暮方、キヨ子が和服の正装して、やってきた。
もう来る筈がないときめこんでいた幸吉は呆れて、さては先生、シンから男に飢えたんだな、と思うと、無性に腹が立った。
このアマめ、シンから飢えている以上、何がどうあろうと、先様の思召《おぼしめ》しに添うわけには参らぬ。先様の思う壺にはまり通しじゃ、男が立たない。
キヨ子は幸吉の顔色などには頓着なく、
「忙しいの? ちょッと寄ってみたのよ。私、会社をやめるから、これからヒマになるわ。私、ノドがかわいたわ」
と勝手に上ってきて、
「お茶ちょうだいよ」
幸吉は火鉢をはさんでアグラをかいて、
「近頃はノベツ喉をかわかしているじゃないか。会社をやめたのかい」
「うん。内部にゴタゴタが起きて、閥やら党派やら、共産党やらね。うるさいから、やめたわ。これから、どうして暮そうかと思って、私、洋裁まだヘタだから独立できないし」
「それはそうだろうさ。それとも、課長は、よっぽど洋裁がうまかったかい」
「課長は洋裁知らないわ」
「じゃお前だって、てんで洋裁はできなかろうぜ」
キヨ子は気がついたらしかったが、平然たるもので、
「私ね。女学校の頃から習ったから、相当うまいわ。自分の洋装、みんな自分で仕上げるのよ」
「どうだい。会社をやめたら、私と一緒になるかい」
ともちかけると、キヨ子は正直にうけとって、
「そうね。でも、あんた、気持のむつかしい人じゃない。
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