外の一つの話題も持ち合せず、それ以外に関心がないのである。
「お前はなにかえ、死んだ亭主と幸福だったてえけど、どんな風に幸福だったんだ」
「毎日、幸福だったわ」
「毎日、なんだな、あんなこと、やってたというのだろう」
「そら、そうよ。毎日々々よ」
幸吉は腹の中でゲタゲタ笑った。これで正体がわかったというものだ。彼はもうあんまり徹底的に女を軽蔑しきっているので、自分でも面喰ったほどであるが、同時に荒々しい情慾がわき起って、情念の英雄豪傑というような雄大な気持になった。
そこで彼は征服にとりかゝる。侵略でもある。キヨ子の前夫を退治るという意気込みであった。
自らも驚くほどの逞しい情慾であったが、キヨ子の情慾はさらに執拗であった。幸吉の胸の下につぶれたような断髪があって、さゝやきもとめ、うながしても、幸吉はもう徒らに蒸気のような息をふいて汗みどろに、うごめくばかり、全然だらしのないビヤダルであった。
「主人は病身だったのよ。だから、よく会社を休んだわ。けれども、あの方のエルネギーは別なのよ。病気で会社を休んでも、昼一日私をはなしたことがないのよ」
幸吉は疲れきってかすんだ耳にキヨ子の声をきいた。
「主人はいろんな風に可愛がってくれたわ。あなたなんかと比較にならないうまさだったわ。あなたはダメね。それに、へたね。主人が生きて帰ってくれるといゝけれど」
幸吉は腹を立てる元気もなかった。惨敗である。こんなミジメに打ちひしがれたことはなかった。
女は彼にアイソづかしを言ってるのだから、もう二度と来ることはないだろう。まったく、こんな決定的なアイソづかしがあるものじゃない。ひどいアマだ。
当節は女がこんな風になっているのかなと考える。パンパンはみんな素人の娘や人妻だというではないか。ひどい世の中になったものだ。
然し、ふと、死んだ女房のことを考える。死んだ女房は汚なかった。女のような感じではなく、働く家の虫のようであった。そして一日働いていた。洗濯したり、米を炊いたり、菜ッパを切ったり、つくろい物をしたり。然し、その働く虫も、夫婦、男と女のつながりということになると、やっぱりアレ以外に何もなかったではないか。話題もなかった。情趣もなかった。どだい、女のようでなかった。
してみると、こっちの方は女なんだな、と幸吉は考えた。
どこの女房だって、女房と亭主は、みんな、
前へ
次へ
全15ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング