ゐた。
 痴川は憂鬱な内攻に堪へ難くなると、病身で鼠のやうに気の弱い伊豆のもとへ驀地《まっしぐら》に躍り込み、おつ被せるやうにして、「むむ、ああ、もう俺はあのけつたいな女詩人を見るのも厭になつた」痴川は顔を大形《おおぎょう》に顰めて、いきなり大がかりに胡坐《あぐら》を組み、さも苦しげに吐息を落すのであつた。「お前はあの女と結婚するのが丁度いいぜ。俺が一肌ぬぐが、お前はあの女に惚れ込んでゐるし……」
「俺は惚れてなんかゐないよ」と、伊豆は不興げに病弱な蒼白い顔を伏せた。痴川は急にわなわなと顫へだして頬の贅肉をひきつらせ、ちんちくりんな拳で伊豆の胸倉をこづいて、「お前といふ奴は、まるで、こん畜生め! 友達の心のこれつぱかしも分らねえ奴で……」それから後は唐突な慟哭になる。慣れてはゐるし呆気にとられるわけでもないが、どうすることも出来ないので、伊豆は薄い唇を兎も角微笑めく顫ひに紛らして、ねちねちした愚痴を一々頷くよりほかに仕方もなかつた。
 麻油は女詩人だといふが、詩の才能と縁のない呑気な女であつた。深刻な顔付をしたがらないたちで、時々放心に耽ると肉付のいい丸顔が白痴のものに見えた。内省とか
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