く無存在といふべきもので――別にさういふ理窟からではないが、とにかく小笠原は自分がないやうな拠りどころない困惑を感じた。そのくせ、靄のやうにとりとめもなく、それでゐて変に頑強な行為がそこにあつて、それが苛立たしいほど饒舌なものに感じられ、煩らはしくてならなかつた。とにかく酒でも呑もうと思つた。
痴川はなんだか小笠原に悪いやうな気がしだした。をかしな話で、憎む理由はあつても悪るがることはない筈であるが、併し痴川はなんだか小笠原に悪いやうな気がした。若しも小笠原に友情を絶たれてしまふと、このさき生きてゆく世界がないやうな、大袈裟な心配が真に迫つて湧いてきて、始終小笠原の顔を見てゐないと不安で心細くて今にも消滅しさうな思ひがした。そのくせ会ふのも怖いやうであり変なやうでもあり足が進まないのであつた。ある晩のこと小笠原を訪ねるつもりで歩きだしたが、途中で気がひけて、ふいに思ひもよらず、これは一層会ひたくもない孤踏夫人を訪ねてしまふと、これは生憎不在であつた。方々彷徨つたあげくに、このまま帰宅してはどうにも引込みのつかない落漠たる思ひがたかまり、愈々小笠原を訪ねる決心を堅めると、こんどは決心の
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