希つてゐるのだと、分りすぎるほど分りきつたことをふと思ひ付いたやうな気がした。本当に、分りすぎるほど分りきつたといふ気がしたのである。成程、少くとも痴川との手切れを欲してゐる以上は死ほど決定的な解決はない筈だから痴川の死を希つてゐるのに相違ない。……そして、この恐ろしい考へがはつきり分つてきても、我ながら可笑しいほど夫人は狼狽しなかつた。寧ろ不思議な落付と安らかな憩ひを感じた。そして、まるで蒼空でも仰ぐやうに、小笠原の顔を眼蓋一杯に泛べたのである。夫人はその顔へ向つて、さう、あたしもさうよ、貴方と同じだわ、といふ風に媚るやうに微笑してみせたいやうだつた。あの人はあんなに落付いた風をして、何の表情も感情も表はさずに淡々と談笑して帰つたけれど、あたしには分る、やはり痴川の死を希つてゐるのだと、夫人は頭がくらくらした。さうとすれば、もしさうだとすると、あの方もあたしを愛してゐるに違ひない。――そして、なんだか寒いほど引き緊つた気持の中で、一斉に開かうとする花束のやうな、夥しい微笑がふくらみ、やがて静かな泪となつて溢れ出すのを感じた。
孤踏夫人の家を辞した小笠原は、彼も亦一時にほつと全身の弛
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