小さな部屋
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)扨《さ》て

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ごめん/\
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「扨《さ》て一人の男が浜で死んだ。ところで同じ時刻には一人の男が街角を曲つてゐた」――
 といふ、これに似通つた流行唄の文句があるのだが、韮山《にらやま》痴川は、白昼現にあの街角この街角を曲つてゐるに相違ない薄気味の悪い奴を時々考へてみると厭な気がした。自分も街角を曲る奴にならねばならんと思つた。
 韮山痴川は一種のディレッタントであつた。顔も胴体ももくもく脹らんでゐて、一見土左衛門を彷彿させた。近頃は相変らず丸々とむくんだなりに、生臭い疲労の翳がどことなく射しはじめたが、いはば疲れた土左衛門となつたのである。
「私に避け難い知り難い歎きがある。そのために私はお前に溺れてゐるが、お前に由つて救はれるとは思ひもよら
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