神様と一しよに行方不明で、主催者の新聞を慌てさせたものであつた。その当時の呉八段は、神様のせゐで、見る目も痛々しいものであつた。神様は信者もへり、後援者もなく、ケン族五六名ぐらゐの小人数に落ちぶれて、津軽のどこかへ都落ちして、神様ケン族の生活費はもつぱら呉八段の対局料に依存してゐたやうである。
 夜陰に及んで、やうやく姿を現した呉八段は、ヨレヨレの国民服に、手垢や泥にまみれた小さなズックのボストンバッグを小腋にかゝへてゐた。ひどい疲れ方である。新聞社の人の話によると、神前の行事に終夜ねむらされぬことが多く、コックリやりだすと蹴倒されて魂に気合をかけられ、睡眠不足のアゲクには精神異常となつて、妄覚を起してしまふ。つまり呉八段に対する神様の戦法の最有力の一つは、眠らせぬ、といふことらしい。彼の対局料一つによつて神様ケン族の生計を支へてゐるに拘らず、神前に於て彼の蒙る虐待は特に甚しいものださうで、さる諷刺雑誌の記者が信徒に化けこむことに成功したが、この記者も呉八段が神の怒りを蒙つて内務大臣だかに荒々しく蹴倒され、踏みつけられるのを見たといふ。
 去年の春先であつたが、私は津軽から上京中の呉八
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