際しては、演出効果まで考へてゐる男なのである。対談に於て、構成を考へてゐる。心底からの図太い勝負師であつた。
 夕食休憩になつたが、私が対局場を去つて以来、塚田が七十五分考へて、七四角、と一手指したゞけであつた。それからの二時山間あまり、木村が考へつゞけて、まだ手を下さぬうちに、七時夕食となつたのである。
 八時に再開。対局場の中へはいつちや悪いから、道場の片隅から、私はそッと見てゐた。木村がにわかに駒をつかんで、パチリと叩きつけ、もう一つ、強く、パチリと叩きつけた。それが八時二十分。外は雨。宵闇がたれこめて、明暗さだかならぬイヤラシイ時刻であつた。
 木村の指手は、四九飛。この手に百五十七分つかつて、合計三百十八分であつた。
 塚田、六四金(四分)木村、二十六分考へて、二六角。それから、四三銀(三分)四五歩(二十七分)五四金、四四歩、四四同金左(三分)四七金、八六歩(三十八分)同銀、五五銀、四五銀(二十五分)
 このとき、凡そ十時半。四囲はとつぷり闇につゝまれ、光の中へ照らしだされた屏風がこひの緋モーセンは、いよいよもつてハラキリの舞台であつた。
 ここで、又、塚田二回目の長考がはじまつた。この時までの消費時間は、木村の三百九十六分に対して、塚田はわづかに百六十三分であつた。
 控室へきてみると、もう碁将棋で遊びふけつてゐる者はゐない。部屋の中央へ将棋盤をだして、土居、大山が盤に対し、金子八段が盤側にひかへて、駒をうごかし、次の指手の研究に余念もない。将棋はまさしく勝負どころへ来てゐるのである。
 土居、大山、金子の研究では、どうしても木村よし、といふ結論になる。そこへ倉島竹二郎がやつてきて、オイ、記者室の方で升田と原田がやつてるが、あつちぢや、塚田よしの結論だぜ。大山は木村に似た棋風だから、木村の思ふ壺の結論がでるんだよ。升田は塚田に似た棋風だから、この部屋の連中の気がつかない手を見つけてゐるんだ、と報告した。
「そいつは、面白い」
 と、豊田三郎が記者室へ走つて行つた。私も記者室へ行つて、原田八段から説明をきいたが、必ずしも塚田がいゝといふ結論ではない。結局、ここの指手の研究では、原田八段が最も偏せず、あらゆる場合を読みきつてゐたやうである。彼の研究相手は渡辺八段。升田は私と入れ違ひに、私たちの控室へ行つてゐた。
 問題は、つゞいて、四五金、同桂、四四歩までき
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