角度やコースで出発しても、いつも最後は同じ穴へはまつてしまふ。
 まつたく私は短篇など書くべきではなかつた。私がもしロマンに専心し、それによつて生活を保証されうる立場にあつたら、私はもつとマシな作品を残すこともでき、又、生長することもできた筈であつたと思ふ。
 日本文学を支配する雑誌システム、短篇システムといふものは、日本文学を私小説化し、生長をゆがめ、思想の幅を限定してゐる。私が売文生活十五年もかゝつて、何を修業したかと云へば、思想の生長といふことよりも、実に、短篇によつても真実を語りうるといふ技術を習得したにすぎぬ。まことに、みじめ、悲惨な修業であつた。
 読者はこの一冊に、私の埒もない虚しい修業の跡を見られるだらう。ゆがむために苦労してゐる不自然きはまる習作だ。そしてもし「麓」が完成してゐたら、ともかく、と思はれはしないであらうか。虚しく悲しい十五年。埒もない夢のあとだつた。
  一九四七年三月三十日[#地から2字上げ]著者



底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
   1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「逃げたい心」銀座出版社
   1947(昭和22)年4月20日発行
初出:「逃げたい心」銀座出版社
   1947(昭和22)年4月20日発行
入力:tatsuki
校正:藤原朔也
2008年4月15日作成
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