然しながら私は実は女占師の敵意の視線を前にしてその表情がどうならうとその方のことは意にしたくないつもりでゐました。物のはづみであつたわけです。私が真実書きたいと思つたところは、そのやうに顔面にすら不自由な束縛を加えるところの内部の複雑な渾沌について、いささか所信と修養の一端をひけらかしてみてはと思ひついてからのことです。然しながらそれは結局私の生涯の作品の後に、小説の形をかりて語る以外に法のないものでしたでせう。
結局私は他人の表情の棚下しをして、自身の表情に就てはとんと語りたがらぬ風でありましたが、それも亦私の生涯の作品の後に、自由に発見していただく以外に仕方がないと思つてゐます。余言ついでにあはせてテーブルスピーチの要領で、かういふ便利な言ひまはしを教へてくれたアンドレ・ジイド氏に末筆ながら敬意を表したいと思ひます。そしてまたこの言種が江戸の戯作者の亜流にすぎないといふ御叱言と失笑がでるなら、それは新年の初笑ひのために作者が甘んじてその光栄を担つたところの余興であると思つていただかねばなりません。そしてまたこの言種が――もはや何派の亜流であるかは恐らく誰も気をまはしたくないでせうね。御退屈さま。
底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文学界 第五巻第一号」
1938(昭和13)年1月1日発行
初出:「文学界 第五巻第一号」
1938(昭和13)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
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