苦悩的、神聖敬虔な外貌によって、全然苦悩にふれないという、新発明の健全玩具であった。
この阿呆の健全さが、日本的な保守思想には正統的な健全さと目され、その正統感は、知性高き人々の目すらもくらまし、知性的にそのニセモノを見破り得ても、感性的に否定しきれないような状態をつくっている。太宰の悲劇には、そのような因子もある。
然し、志賀直哉の人間的な貧しさや汚らしさは、「如是我聞」に描かれた通りのものと思えば、先ず、間違いではなかろう。志賀直哉には、文学の問題などはないのである。
底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「読売新聞 第二五七七二号」
1948(昭和23)年9月27日
初出:「読売新聞 第二五七七二号」
1948(昭和23)年9月27日
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年4月15日作成
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