心掛けがそうだから子供がねじ曲がるのだね。公安委員ともあろう人が」
 小野の語気が荒立つので、署長が制した。
「小野君は不二男君の事件を担当しているので、情がうつっているんですよ。商売熱心で、とかくムキになり易いのがこの人物の長所でもあり短所でもあり。不二男君も結婚に早いという年でもないのですから、よいオヨメサンでも見つけてあげると落ちつくかも知れませんよ」
 署長はおだやかにこうとりなした。知らない人がきくとただおだやかな言葉のようだが、知る人がきけばそれだけではない。なぜなら、平作の言葉の様子ではまるで二十前後の不良少年を勘当する話のようにうけとれるが、実は不二男は当年三十三にもなっている。
 平作は今の女房に頭があがらないから、先妻の子の不二男にやさしい言葉をかけてやったこともない。不二男は少年時代からまるで作男のように扱われて育った。戦争がなければもっと早くグレてとっくに家出でもしていたろうに、いわば戦争に救われたとでも云うべきか、勇躍出征した。兵隊、戦争の生活は彼にとってはむしろはじめての青春時代であったのである。
 終戦後、グレはじめた。相変らず父の作男のような生活ながら、ヤミをやり、ヤミの仲間と時にはよからぬカセギをもくろむようなこともあって、警察沙汰になることが重なったのである。
 その度に被害を蒙るのは平作で、示談だと云って金をとられ、ヤミでは自分の作物を盗んで売られ、重ね重ねの損失の上に肩身のせまい思いをしなければならぬ。けれども世間は平作に同情どころか、
「ノータリンの作男でもタダで雇えやしまいし、一人前に成人した長男にヨメもとらせずタダを幸いコキ使うから、こうなるのさ」と批評はつめたい。
 平作はかねてこの世評に腹を立てているところへ、署長が不二男君にヨメを、と云ったものだから、面白くない。
「あんな奴のヨメになる女がいるものですかい。なりたいという女があれば、色キチガイさね」
 腹立ちまぎれに、百年の仇敵を呪うようなことを呟いた。
 と、そのとき平作は警察の奥から賑やかな音が起っているのに気がついた。
「ナム妙法蓮華経。ナム妙法蓮華経。ナム妙法蓮華経。ナム妙法……」
 まるで滝の音のようにキリもなく湧き起るお題目の声。女の声だが、必死の気魄がみなぎっている。
「あれは何ですか。警察の中と違いますか」
 署長は苦笑して、
「朝から夜中までです
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