かれた人間には影がたちこめているものだ。狐の鳴く声もきこえる」
「なんだ。影や声しか見たり聞いたりできないのか。オレには不二男についてる死神もメスの狐もハッキリ姿が見える。死神もメスの狐も不二男の背にしがみついて、両手を首にまき両足を腰にからみつけて藤のツルのようにシッカリしがみついている。死神の奴が右肩から、メス狐の奴が左肩から、不二男の顔をマンナカにまるで顔だけ三ツある化け物のようだが、身体は一ツで、何百年も年を経た藤ヅルのようにくいこんで一体となり、とても放す見込みがない」
「イエ、オレが法力で落してみせる」
「キサマ、影ぐらいしか見えないくせに、大きなことを云うな。オレにはチャンと見えているのだが、それでもどうすることもできないのだぞ。こう執念深くガッチリくいこんでしまっては、もう普通では落すことができないものだ。ヤ。待て、待て」
平作は袖でチョウチンの火を隠すようにしながら、ジイッと聞き耳をたてていたが、
「フン。どうやら、ソラ耳であったらしい。死神や狐は疑り深いから、近所で相談していると、すぐカンづいて、足しのばせて立ち聞きにくるのだ。大声をたてると悟られるから、お前らモッと前の方へ寄ってこい。チョウチンの火があるとグアイが悪いから、火を消すが、お前ら片手をだせ。めいめいの片手を握りあって、心を合せて相談しよう。こうしないと、死神や狐が間へはさまって立ち聞きされてしまう。いいか」平作は左手でお加久の片手をとり、右手で兵頭の片手をとった。
「お前らもめいめいの手をシッカリ握り合うのだ。まちがって死神や狐の手をつかまされないように、チョウチンの火のあるうちによーく改めて確めるがよい。火が消えてからは、どんなことがあっても手をはなしたり、握り変えたりしてはならぬ。ちょッとでも力をゆるめると、死神や狐の手にすりかえられてしまうから。いいか。シッカリ握ったな。それではチョウチンの火を消すぞ」
平作は顔を押し当てるようにしてチョウチンの火を吹き消した。にわかに馬小屋はくらやみとなり、ローソクのシンに残った小さな赤い一点だけがチョロ/\している。
「さて、これでよい。それでは云うが、死神と狐の両手両足は不二男の首と腰に肉の中までくいこんでいるから、放すこともできないし、死神と狐だけ殺すということもできない。三位一体のようなものだ。不二男を助けるために、不二男の身体
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