あることを、当時の私といえども知らぬ筈はない。それどころか、女の情慾の汚らしさに逆上的な怒りを燃やすたびに、私はむしろ痛切に、矢田津世子がそれと同じものであることを痛く苦く納得させられ、その女の女体から矢田津世子の女体を教えられているのであった。
 それにも拘らず、逆上的な怒りのたびに、矢田津世子の同じ女体を、一つ特別な神聖なものとして思いだしてもいるのだ。
 その矢田津世子は、私のあみだした生存の原理、魔術のカラクリであったのだろう。世に容れられず、といえば大きすぎるが、世に拗ね、人に隠れ、希望を失い、自信を失い、何がために生きるか目安を失い果てゝいる私は、私の生命の火となるものを魔術のカラクリに托す以外に仕方がなかったであろう。
 それがカラクリであるにしても、ともかく、その二年間、私は矢田津世子によって生きていた。それを生命の火としていた。そのバカらしさを知りながら、その夢に寄生していたのである。

          ★

 矢田津世子と再会して、混乱の時期が収ったとき、私の目に定着して、ゆるぎも見せぬ正体をあらわしたのは、矢田津世子の女体であった。その苦しさに、私は呻いた。

前へ 次へ
全34ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング