美しいからだであつた。腕も脚も、胸も腰も、痩せてゐるやうで肉づきの豊かな、そして肉づきの水々しくやはらかな、見あきない美しさがこもつてゐた。私の愛してゐるのは、ただその肉体だけだといふことを女は知つてゐた。
 女は時々私の愛撫をうるさがつたが、私はそんなことは顧慮しなかつた。私は女の腕や脚をオモチャにしてその美しさをボンヤリ眺めてゐることが多かつた。女もボンヤリしてゐたり、笑ひだしたり、怒つたり憎んだりした。
「怒ることと憎むことをやめてくれないか。ボンヤリしてゐられないのか」
「だつて、うるさいのだもの」
「さうかな。やつぱり君は人間か」
「ぢやア、なによ」
 私は女をおだてるとつけあがることを知つてゐたから黙つてゐた。山の奥底の森にかこまれた静かな沼のやうな、私はそんななつかしい気がすることがあつた。ただ冷めたい、美しい、虚しいものを抱きしめてゐることは、肉慾の不満は別に、せつない悲しさがあるのであつた。女の虚しい肉体は、不満であつても、不思議に、むしろ、清潔を覚えた。私は私のみだらな魂がそれによつて静かに許されてゐるやうな幼いなつかしさを覚えることができた。
 ただ私の苦痛は、こんな虚しい清潔な肉体が、どうして、ケダモノのやうな憑かれた浮気をせずにゐられないのだらうか、といふことだけだつた。私は女の淫蕩の血を憎んだが、その血すらも、時には清潔に思はれてくる時があつた。

       四

 私自身が一人の女に満足できる人間ではなかつた。私はむしろ如何なる物にも満足できない人間であつた。私は常にあこがれてゐる人間だ。
 私は恋をする人間ではない。私はもはや恋することができないのだ。なぜなら、あらゆる物が「タカの知れたもの」だといふことを知つてしまつたからだつた。
 ただ私には仇心があり、タカの知れた何物かと遊ばずにはゐられなくなる。その遊びは、私にとつては、常に陳腐で、退屈だつた。満足もなく、後悔もなかつた。
 女も私と同じだらうか、と私は時々考へた。私自身の淫蕩の血と、この女の淫蕩の血と同じものであらうか。私はそのくせ、女の淫蕩の血を時々咒つた。
 女の淫蕩の血が私の血と違ふところは、女は自分で狙ふこともあるけれども、受身のことが多かつた。人に親切にされたり、人から物を貰つたりすると、その返礼にカラダを与へずにゐられぬやうな気持になつてしまふのだつた。私は、そのたよりなさが不愉快であつた。然し私はさういふ私自身の考へに就ても、疑らずにゐられなかつた。私は女の不貞を咒つてゐるのか、不貞の根柢がたよりないといふことを咒つてゐるのだらうか。もしも女がたよりない浮気の仕方をしなくなれば、女の不貞を咒はずにゐられるであらうか、と。私は然し女の浮気の根柢がたよりないといふことで怒る以外に仕方がなかつた。なぜなら、私自身が御同様、浮気の虫に憑かれた男であつたから。
「死んでちやうだい。一しよに」
 私に怒られると、女は言ふのが常であつた。死ぬ以外に、自分の浮気はどうにもすることができないのだといふことを本能的に叫んでゐる声であつた。女は死にたがつてはゐないのだ。然し、死ぬ以外に浮気はどうにもならないといふ叫びには、切実な真実があつた。この女のからだは嘘のからだ、虚しいむくろであるやうに、この女の叫びは嘘ッパチでも、嘘自体が真実よりも真実だといふことを、私は妙に考へるやうになつた。
「あなたは嘘つきでないから、いけない人なのよ」
「いや、僕は嘘つきだよ。ただ、本当と嘘とが別々だから、いけないのだ」
「もつと、スレッカラシになりなさいよ」
 女は憎しみをこめて私を見つめた。けれども、うなだれた。それから、又、顔を上げて、食ひつくやうな、こはばつた顔になつた。
「あなたが私の魂を高めてくれなければ誰が高めてくれるの」
「虫のいいことを言ふものぢやないよ」
「虫のいいことつて、何よ」
「自分のことは、自分でする以外に仕方がないものだ。僕は僕のことだけで、いつぱいだよ。君は君のことだけで、いつぱいになるがいいぢやないか」
「ぢや、あなたは、私の路傍の人なのね」
「誰でも、さ。誰の魂でも、路傍でない魂なんて、あるものか。夫婦は一心同体だなんて、馬鹿も休み休み言ふがいいや」
「なによ。私のからだになぜさはるのよ。あつちへ行つてよ」
「いやだ。夫婦とは、かういふものなんだ。魂が別々でも、肉体の遊びだけがあるのだから」
「いや。何をするのよ。もう、いや。絶対に、いや」
「さうは言はせぬ」
「いやだつたら」
 女は憤然として私の腕の中からとびだした。衣服がさけて、だらしなく、肩が現はれてゐた。
 女の顔は怒りのために、こめかみに青い筋がビク/\してゐた。
「あなたは私のからだを金で買つてゐるのね。わづかばかりの金で、娼婦を買ふ金の十分の一にも当らない安
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