り、かりそめにも、ミダラではなかった。たゞ、うるんだ目で、私を見つめ、悄然として、私の側をはなれない。
 男色を妖怪じみたものにしか解さぬ私に、その有様は笑止であったが、然し、お仕えしたい、という言葉にこもる己れを虚《むなしゅ》うした心事には、胸を打たれずにいられなかった。
 たしかにヤマサンの心事はそれが全部で、わが身を虚うして仕えるほかに、打算も取引の念もなかった。
 それも亦、三平の、あのふるさとに似ていた。
 私も己れを虚うし、己れの意志に反して、ヤマサンに同化し、この珍妙可憐な妖怪にかしずかれて暮そうか、と考えたこともあったのである。考えざるを得なかったのだ。私には、心棒がなかった。なにも分るものがなかったのだ。
 私がそれを敢てしなかったのも、そんな逃げ方をするぐらいなら、死ね、死んでしまえ、という声を、耳にしていたからだった。
 死んではならぬ、と、考えつづけた。なぜ、死んではならぬか、それが分らぬ。
 何をすれば、生きるアカシがあるのだろうか。それも、分らぬ。ともかく、矢田津世子と別れたことが、たかが一人の女によって、それが苦笑のタネであり、バカらしくとも、死の翳を身に
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