、友人を訪ねた。むごいことをしたものだが、私の方は、ヤマサンの妖怪じみた執念を逃げたいばかりに、必死であった。その友人の友だちに男色の男がいて、近所に住んでいることを、きいていたのだ。この男色先生をよんでもらい、男色先生とヤマサンを置き残して、私と友人は脱けだして、夜明しの飲み屋で酒をのんだ。そこから電話をかけてみると、ヤマサンが電話にしがみついて、助けて下さい、殺されそうです、と悲鳴をあげていた由で、そのことがあってから、ヤマサンも狂恋をつゝしみ、大いに慎んで私に接するようになった。
その後のヤマサンは決して夜間は訪れず、昼、踊りや唄の稽古の帰りに、立寄った。ちょうど私の部屋の下に、知人の美学者が居り、特に日本の古典芸術を専門にしている人であったから、ヤマサンを紹介した。ヤマサンと二人だけで坐っているのが堪えがたかったからである。その後は、ヤマサンは私の部屋に長坐せず、よい折に立って、下の美学者を訪ねて、神妙に古典芸術の講話を拝聴し、又、自分の専門の芸については、美学者の問いに慎しみ深く答えていた。そういうヤマサンは、態度あくまで、凛々しく、慎しみ深く、なよやかな肩に芸の熱意が溢れ
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