をぬかしたんですか。カンベンならねえ」
「ダメだよ。血相かえてみたって、話がまとまるワケはない。あの子はヒッパタかれたお尻に意地を立てゝいるんだから、お前なんかと心得が違う。いさぎよく諦めなさい」
「エッヘッヘ。私もムリなことはキライなんですが、どうも、怪《け》しからんことになりやがったもんですよ。あん畜生め。叩ッ斬ってキザンでやらなくとも、せめて坊主にしてやりてえ」
 大変恨みを結んだ様子。和尚も心配して、ソノ子に会って、吾吉の様子がこれこれだから用心したがよい、と教えてやると、
「えゝ、ありがとう。私これから出張する男の人に三週間ばかり旅行に連れて行ってもらいますから、ちょうど、よいわ。三週間もすぎるうちには、たいがい、あの人の気持も落付くでしょう。自分勝手ばかり言うから、あんな男はキライですよ」
 と、弟に留守中のお金を渡して、そのまゝどこかへ消えてしまった。
 仏家に行雲流水という言葉があるが、ソノ子の如きは、まさしく雲水の境地を体得したものだろうと和尚は感心した。概ね雲水などというものは、至極わりきれない精神や、肉体を袈裟につゝんで諸方をハイカイするにすぎないようなものであるが、ソノ子の場合はそのような不明快なものではない。すべてはハッキリとわりきれており、要するに、お尻というものが天下を行雲流水しているだけのことである。まことに明快と云わねばならぬ。いかなる祖師も一喝をくらわせる隙がないようであった。
 ソノ子はまだ十八。普通なら、まだ女学生にすぎない発育途上の小娘であった。その姿態にはまだ未成熟なものが多く翳を残しており、お乳とお尻がにわかにムッチリと精気をこめて張りかゞやいているようであった。
 あのお尻が行雲流水していやがるか、と、和尚もいさゝか妬たましく感じる。いゝ年をして、とても一喝どころの段ではない。和尚の方が三十棒をくらう必要があるのである。
「当世は、久米の仙人などはショッチュウ目玉をまわしていなきゃならないのさ。オレだから、ガンバッていられるようなものだ」
 と、和尚はわずかに慰めるのである。
 ところが三四日して吾吉が行方をくらました。会社の金を五十万円ひきだして逃げたことがわかったのである。調べてみると、それ以前にも五十万ほど使いこんでいることが分った。それをソノ子につぎこんでいたわけである。
「まったく、和尚さん、呆れかえった唐変
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング