ボクたちの愛情よりも、桃割れの方が大切みたいじゃないか」
男はソノ子に恨みを云った。
「そんなこと言うのは、アナタに愛情がないせいよ。もう、ほかのことは忘れて、死ぬことばかり考えましょうよ」
「そうか。そうだ。キミはきっと聖処女なんだ」
男は後悔し、感激して、又、泣き沈んだ。そして二人は、夜の明け方、まだまッくらな中を冷い朝風をあびて、すぐお寺の横を走っている鉄道線路へ並んでねた。
「胴体が真ッ二つじゃ汚らしくッてイヤだから」
と、かねて相談の通り、胴体から足は土堤の方へ、クビだけを線路の上へのせたのである。
ソノ子が怖くなったのは、その時からであった。
「さむい。だいて」
ソノ子は男に接吻した。そして、立っている男と女が接吻する時のように、巧みに顔をひいて、男には悟らせずにクビの位置をひッこめた。そして男の顔へ、上から唇を押しあてた。
一番列車がやってきたのは、その時だ。ソノ子は唇をはなして、自分も線路を枕にするフリをして身を倒したが、彼女の頭は線路をハミでゝ、たゞ桃割れが乗ッかっていたゞけであった。
★
「裏の線路に自殺があったから、ひとつ、回向してやって下さいな」
と町内の者に叩き起されて、和尚は線路へあがってみた。
死んでいるのは男だ。クビがキレイに切断されて、胴体はひかれた位置に、全然とりみだした跡がなく残っているのである。
クビだけ十間ほどコロコロころがったらしく、サラシ首のように、枕木の上にチャンと立っているのである。大きな目の玉をむいている。おまけに、自分をひいた汽車を見送ったように、行く先の方をマッスグ睨んでいるのであった。ちッとも取り乱したところがない。
「行儀がいゝねえ。このマグロは、自分をひいてくれた汽車に、御苦労様てんで、挨拶しようてえ心意気なんだな。ユイショある血筋の若ザムライかも知れないよ」
「ハテナ」
和尚はクビを見つめた。
「アッ。あの男だ」
押入れの中に隠れていた男なのである。さては、とうとう、やりやがったか。死ぬ奴は吾吉一人じゃないわよ、と言いやがったが、お尻の復讐の二人目が成就したのである。
「オーイ。こんなところに、女のマゲがスッ飛んできていやがるよ。このマゲは桃割れだ。頭のツケ根からスッポリ抜けてきたんだね」
一人が離れたところで、こう叫ぶ声がきこえた。
「そういえば、ここん
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