ひまもありません。
「この女よ。今度は、それ、この女よ」
男はためらいましたが、すぐズカズカ歩いて行って、女の頸《くび》へザクリとダンビラを斬りこみました。首がまだコロコロととまらぬうちに、女のふっくらツヤのある透きとおる声は次の女を指して美しく響いていました。
「この女よ。今度は」
指さされた女は両手に顔をかくしてキャーという叫び声をはりあげました。その叫びにふりかぶって、ダンビラは宙を閃いて走りました。残る女たちは俄《にわか》に一時に立上って四方に散りました。
「一人でも逃したら承知しないよ。藪《やぶ》の陰にも一人いるよ。上手へ一人逃げて行くよ」
男は血刀をふりあげて山の林を駈け狂いました。たった一人逃げおくれて腰をぬかした女がいました。それはいちばん醜くて、ビッコの女でしたが、男が逃げた女を一人あまさず斬りすてて戻ってきて、無造作にダンビラをふりあげますと、
「いいのよ。この女だけは。これは私が女中に使うから」
「ついでだから、やってしまうよ」
「バカだね。私が殺さないでおくれと言うのだよ」
「アア、そうか。ほんとだ」
男は血刀を投げすてて尻もちをつきました。疲れがどッと
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