た。「お前は山へ帰りたいと思わないか」
「私は都は退屈ではないからね」
とビッコの女は答えました。ビッコの女は一日中料理をこしらえ洗濯し近所の人達とお喋《しゃべ》りしていました。
「都ではお喋りができるから退屈しないよ。私は山は退屈で嫌いさ」
「お前はお喋りが退屈でないのか」
「あたりまえさ。誰だって喋っていれば退屈しないものだよ」
「俺は喋れば喋るほど退屈するのになあ」
「お前は喋らないから退屈なのさ」
「そんなことがあるものか。喋ると退屈するから喋らないのだ」
「でも喋ってごらんよ。きっと退屈を忘れるから」
「何を」
「何でも喋りたいことをさ」
「喋りたいことなんかあるものか」
男はいまいましがってアクビをしました。
都にも山がありました。然し、山の上には寺があったり庵があったり、そして、そこには却《かえ》って多くの人の往来がありました。山から都が一目に見えます。なんというたくさんの家だろう。そして、なんという汚い眺めだろう、と思いました。
彼は毎晩人を殺していることを昼は殆ど忘れていました。なぜなら彼は人を殺すことにも退屈しているからでした。何も興味はありません。刀で叩く
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