だく不安と羞恥に似ていました。女が「都」というたびに彼の心は怯《おび》え戦《おのの》きました。けれども彼は目に見える何物も怖れたことがなかったので、怖れの心になじみがなく、羞じる心にも馴れていません。そして彼は都に対して敵意だけをもちました。
何百何千の都からの旅人を襲ったが手に立つ者がなかったのだから、と彼は満足して考えました。どんな過去を思いだしても、裏切られ傷けられる不安がありません。それに気附くと、彼は常に愉快で又誇りやかでした。彼は女の美に対して自分の強さを対比しました。そして強さの自覚の上で多少の苦手と見られるものは猪だけでした。その猪も実際はさして怖るべき敵でもないので、彼はゆとりがありました。
「都には牙のある人間がいるかい」
「弓をもったサムライがいるよ」
「ハッハッハ。弓なら俺は谷の向うの雀の子でも落すのだからな。都には刀が折れてしまうような皮の堅い人間はいないだろう」
「鎧《よろい》をきたサムライがいるよ」
「鎧は刀が折れるのか」
「折れるよ」
「俺は熊も猪も組み伏せてしまうのだからな」
「お前が本当に強い男なら、私を都へ連れて行っておくれ。お前の力で、私の欲し
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