間色が濃厚なのである。
 私は人間を書きたいのだ。私のあとう限りの能力によって。そのために、戦争が見たかった。他人の録した戦争ではなく、私自身の目で戦争を見て、私自身の知りうる人間の限界まで究めたかった。
 私は、過去に戦争に遭遇した多くの文人たちを、羨みもし、私自身がそうでないことによって、敵意をいだいてもいたのである。
 私の念願は達せられた。私は戦禍の中を逃げまどいもし、私の目で見うる限りの戦争を見つめつづけることができた。
 この結論として書きだしたのが、この小説であり、いわば二十年来の念願であり、狙いでもあった。
 この小説はたぶん五章にわかれ、作中の時代は、終戦後までつづく筈である。
 半年か一年に一章ずつ、まア三年ぐらいのうちに、書き終るつもりである。作中の人物は一切架空であり、戦時内閣の総理大臣は、東条でも近衛でもない。戦争に至る道程、謀略も内乱も一切架空で、私自身が到達しうる人間の限界を示しているにすぎないだろう。

[#地から1字上げ]一九五〇年四月八日 伊東にて、
[#地から2字上げ]作者



底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
   1998(平成10)年8
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