再版に際して〔『吹雪物語』〕
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)現身《うつしみ》

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(例)[#地から15字上げ]一九四七年三月七日
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 この小説は私にとつては、全く悪夢のやうな小説だ。これを書きだしたのは昭和十一年の暮で、この年の始めに私はある婦人に絶縁の手紙を送り、私は最も愛する人と自ら意志して別れた。
 それは私にとつては、たしかに悲痛なものであつた。私はその婦人と、五年間の恋人だつたが、会つたのは合計一年にもならない年月で、中間の四年間は、私は他の女と同棲してゐた。会はなかつた四年の年月は、私の心に大きな変化を与へ、尚、初恋の女としての焼けつくやうな幻が私の胸にあるにも拘はらず、再会したその人は、別人だつた。
 否、別人ではなかつた。私は尚、その人と会ふ、別に話もない、退屈してゐる、そして別れる、別れたあとの苦しみは話のほかで、それは四年以前のあの苦しみと全く同じ激越なものであつたが、会つてゐる時の私が、もう、昔の私ではなかつたのだ。
 その人はもう、現実の女の一人にすぎず、私の特
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