お主はきつい茶の湯ぎらひといふことだが、ワッハッハ。お主も存外窮屈な男だ。俺とお主が他の席で密談する。人にも知れ、憶測がうるさからう。こゝが茶の湯の一徳といふものだ。なるほど、と、如水は思つた。茶の湯の一徳は屁理窟かも知れないが、自在奔放な生活をみんな自我流に組みたてゝゐる秀吉に比べると、なるほど俺は窮屈だ、と悟るところがあつた。
ところが、愈小田原包囲の陣となり、三ヶ月が空しくすぎて、夏のさかり、秀吉の命をうけて如水は家康を訪問した。このとき、はからざる大人物の存在を如水は見た。頭から爪先まで弓矢の金言で出来てゐるやうな男だと思ひ、秀吉が小牧山で敗戦したのも無理がない、あのとき俺がついてゐても戦さは負けたかも知れぬ、之は天下の曲者だ、と、ひそかに驚嘆の心がわいた。丁度小牧山合戦の時、折から毛利と浮田に境界争ひの戦乱が始まりさうになつたから、如水は秀吉の命を受け、紛争和解のため中国に出張して安国寺坊主と折衝中であつた。親父に代つて長政が小牧山に戦つたが、秀吉方無残の敗北、秀吉の一生に唯一の黒星を印した。なるほど、ふとりすぎた蕗みたい、此奴は食へない化け者だ、と家康も亦律義なカサ頭ビッコの怪物を眺めて肚裡《とり》に呟いた。然し、与《くみ》し易いところがある、と判断した。
二
温和な家康よりも黒田のカサ頭が心が許されぬ、と言ふのは単なる放言で、秀吉が別格最大の敵手と見たのは言ふまでもなく家康だ。
名をすてゝ実をとる、といふのが家康の持つて生れた根性で、ドングリ共が名誉だ意地だと騒いでゐるとき、土百姓の精神で悠々実質をかせいでゐた。変な例だが、愛妾に就て之を見ても、生活の全部に徹底した彼の根性はよく分る。秀吉はお嬢さん好き、名流好きで、淀君は信長の妹お市の方の長女であり、加賀局は前田利家の三女、松の丸殿は京極高吉の娘。三条局は蒲生|氏郷《うじさと》の妹、三丸殿は信長の第五女、姫路殿は信長の弟|信包《のぶかね》の娘、主筋の令嬢をズラリト妾に並べてゐる。たま/\千利久といふ町人の娘にふられた。
ところが家康ときた日には、阿茶局が遠州金谷の鍛冶屋の女房で前夫に二人の子供があり、阿亀の方が石清水八幡宮の修験者の娘、西郷局は戸塚某の女房で一男一女の子持ちの女、その他、神尾某の子持ちの後家だの、甲州武士三井某の女房(之も子持ち)だの、阿松の方がたゞ一人武田信
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