ライゲンは、凡太の古来最も共鳴を感ずる一情景で、凡太は彼自身の心細い生存を、このやうに甘美な狂燥と共に空へ撒きすてて死滅へまでの連鎖を辿りたいと、日頃念願して止まなかつた。彼が止みがたい放浪を感ずるのも、一つにはこの狂燥の染《しみ》が、あまりやるせないリズムを低く響かせるから。――凡太は金比羅大明神の前栽に、深く深く流れてゐる感慨の香気に噎びながら、それに溶けてゆく無我のよろこびを感じた。
円舞をとりまいてゐる観衆の円陣を、さらに二人は遠くから黙々と一廻りした。このとき、しかし凡太の浸つてゐた静かな雰囲気は、さう長くは続かなかつた。――暗い群衆の中頃から一つの頭がゆらゆらと揺れて出て、由良の背中を追ふて来たが、「姐さん、一寸お願ひが……、」そんな低い声を耳にしたまま、凡太はしかし一人五六歩ばかりなほ前方へ歩きすぎて静かに振り向いた。それは、角帯に頭を商人風に当つた、一見どこやらの番頭といふ風態の小男であつた。二人の男女は早口に何か二三受け答へしてゐたかと思ふうちに、由良は間もなくさつさと男から離れて凡太の方へ近寄つて来たが、その顔には気の抜けきつて感情といふもののまるで無い白さを漂は
前へ
次へ
全54ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング