へ」
龍然は二人のどちらに言ふともつかず、そんなことを一言二言言ひすて、短い停車時間、ぼんやり窓際に立つたまま明るい空を見つめてゐた。
汽車は動きはぢめた。さようなら。そして由良は泣きながら堅く窓にかぢりついて、激しく手巾《ハンカチ》をふつてゐたが、凡太も亦、彼はデッキのステップに身を出して龍然に目礼を送りながら、目に光るものの溢れ出るのを、どうすることも出来なかつた。もはや列車はするすると、屋根もない短いプラットフオムを走り出やうとしてゐた、人気ないプラットフオムにただ一人超然として、全ての感情から独立した人のやうに開いた両股をがつしり踏みしめて汽車を見送つてゐた龍然は、已に明るい太陽の下に一つ取り残されて小さく凋んでゆくやうに見られたが、突然みにくく顔を歪めたやうに想像されると、小腰をかがめ、両手の掌《ひら》にがつしりと顔を覆ひ、恐らくは劇しい叫喚をあげながら、倒れるやうに泣き伏した姿が見えた――
底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「青い馬 第三号」岩波書店
1931(昭和6)年7月3日発行
初出:「青い馬 第三号」岩波書店
1931(昭和6)年7月3日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2010年4月8日作成
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