て見廻りに来て、大方出来上る頃と思ひのほか、十分の一とつまりはしない。カン/\に自分の親爺を怒鳴りつけ、それからは、毎晩のやうに見廻りにくる。親爺は弁当の配達もできぬ。店の仕事は主婦に委せて、朝から夜中まで箱づめにかゝり、ふるへる手に手当り次第八ツ橋を毀し、無理に箱にねぢこんでゐる。かういふ破目になつてみれば、主婦も亦、仕方がない。さう/\油も売つてゐられず、箱づめの助勢にかゝり、恨み骨髄に徹して、二階へ駈け上り、ほんまに慾のない人達やないかいな。お公卿さんの生れの方はうちらと違ふてゐやはるわ。まあ、きいとくれやす、と、常連の誰彼に軍鷄の声で説明してゐる。然し、もと/\、無理な仕事を押つけられた親爺に落度があつたのだ。親爺以外の何人が、こんな仕事を引受けよう。然しながら、子の愛にひかされ、子供のために嬉々として慾得もない親爺の弱身につけこんで、引受けてのない労働を押しつけるとは、狡猾無類の倅であつた。然し、親爺は、子の愛からか、意地からか、引受け手のない無理な仕事をまんまと倅に押しつけられたといふことを、金輪際信じようとはしなかつた。さうして、好きな碁もやらず、青筋をたてゝ、うゝ、うゝ、うゝと唸りながら、たうとう全部箱につめてしまつたのである。それのみではなかつた。すでに関さんノンビリさんの助力のないことが分りながら、更に第二回目のトラックを引受けた。さうして、之も亦、遂に、片づけてしまつたのだ。盲目の愛からか、腹いせからか。怖るべき意地ではあつた。
然しながら、之に就ても、蛇足があるのだ。あんたはん、なんとして、之が意地ですかいな。と、主婦が僕に言ふのである。慾ですわな。五千六千とつもつてみなはれ。大きうおす。それを忘れてからに、このをつさんが、やりますかいな。
ほんまに、さうや。と、親爺は酒をのむ僕を見あげて、ヒヽヽヽと笑つた。それは神々しいぐらゐ無邪気であつた。
附記 時間がなかつたので仮に古都と題しておきましたが、全然気に入りませんから、次回を載せる時は題を変へます。
[#地付き](未完)
底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「現代文学 第五巻第一号」大観堂
1941(昭和16)年12月28日発行
初出:「現代文学 第五巻第一号」大観堂
1941(昭和16)年12月
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