そうか、仕方がねえ、とつぶやいて、サルマタ買いにでた様子。半平の報せで、女中たちが跡始末にきたが、ブツクサ云わず、笑いもせず、処置をつけているらしく、その裏には半平の手際の妙があるのであろう。
「お父さん、こゝへユカタ置いときますよ。サルマタも、新しいの買ってきました。さすがに、わが社の至宝、才蔵クンは神速なるもんですよ。今度、月給あげてやって下さいな」
 食事となっても、正宗菊松はひたすら黙然、顔もあげられない。
「お父さん。元気をだして下さい。ツルちゃん。キミ、お父さんの肩をもんであげなさい」
 ツル子がハイと立ち上って、せッせと肩をもんでやる。ツボも心得て、ミゴトなお手並である。快感。思わず夢心地になりかけると、フッと溜息がでて、涙がにじんでしまうのである。
「ボクも、ノブちゃん、肩をもんでもらいたいね」
 ハイと云って、ノブ子も半平の肩をもむ。
「アア、いけねえ。フツカヨイだ」
 坊介は頭をガクガクふって、
「オイ、才蔵。オレの肩をもめよ。ボンヤリしてたって面白くもなかろう。お前の手でも我慢してやるから、若いうちはコマメにやりなよ」
「よせやい」
「ボンヤリ睨めっこしてるよりも
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