場所へ送りとゞけてやるぞ。どうだ。男児の生きがいを覚えるだろう。これだけの木材を扱って、バッタバッタと売りさばく快感を考えてみい。天草商事も男になるぞ」
 作業場へ戻ってくると、今しも材木をつんで出ようとするトラックがある。長範社長は大手をふって呼びとめた。
「オイ、待った。二人のせてやってくれ。雲隠はこれに乗って東京へ戻れ。今明日中に社長をつれてくる。手金は二割五分の七百五十万でよろしい。商談成立のあかつきは、オレが正宗を助けてやる。タダでサービスしてやる。社長が製材所の倅《せがれ》なら木材のことは知っとるだろうが、これほど格安な取引きはないぞ。社長が来たら、山をこまかに案内してやる」
 否応なし。助手台へ押しこまれてしまった。サルトルも助手台へのりこんで、
「じゃア行って来やす」
 と、走りだした。
「人をよびつけて頼みもしない材木を売りつけようッてのは、邪推するねえ。サルトルさん。そうじゃないか」
 才蔵は中ッ腹であるが、サルトルは常にニコヤカに笑って、悠々、まことに無口。才蔵が話しかけなければ、全然喋らない。
「商売はそんなものさ。売りがあせる時は買い手のチャンスだよ。こういう時に買い手の目が利くと大モウケができるのさ」
「だって雲をつかむような取引きじゃアないか。バカにされたとしか思われねえや」
「キミの社長が製材所の倅なら雲をつかむような取引きはしないさ。見ていたまえ。目の利く買い手にはチャンスだよ。アタシに金があればこのチャンスは逃さない」
「ひとりぎめにチャンスたって、なんにもならねえや。露天商人はみんなそんなこと言ってらア」
 サルトルはニコヤカに笑みを含んでいるばかり、弁解もしない。
「キミは何の御用で東京へ行くんだい。オレを送りとゞける役目かい」
「マア、それもあるが、アタシは社長夫人を箱根へ案内する役目さ」
 クソ面白くもない。悪日の連続である。正宗菊松は寝小便をたれ流し、着物にクソをつけてうろつきまわっているという。そんなものの世話まで焼かされては堪らない。これを機会に箱根と縁を切るに越したことはないから、社長室へ挨拶に行って、
「ボクは東京へ帰ろうなんて思ってやしなかったんですが、これこれしかじかの次第で、長範の命令一下サルトルとゴリラの馬鹿力にトラックへ押し上げられちゃって、おまけにサルトルが東京までニコヤカに護衛してやんだから処置ねえや。凄味のアンチャンがニコヤカに全然喋らねえんだから、薄気味悪いったら、ねえんだもの。寝ションベンじいさんだの材木なんか元々ボクに関係のないことだから、箱根へ戻るのは、もうイヤですよ。行くもんじゃねえや」
 天草次郎は両の手に頭をのせ、イスにもたれて考えていたが、織田光秀に向って、
「キミは材木、いくらで買う」
「マア、三十万ですね」
 天草次郎は大儀そうに苦笑して、
「オレは、タダだ。サルトル氏をつれてこい」
 と雲隠才蔵に命じた。
 サルトルが現れる。天草次郎、織田光秀、白河半平の三羽ガラスを才蔵が紹介する。
「ボクたちは毎月一回東京をはなれて食焔会《しょくえんかい》というものをやってるが、大いに食い、気焔をあげる会だね。疲れが直るな、明日の晩、小田原でやろうじゃないか。明日の夕方、底倉へ電話でお伝えするが、石川さんに差しつかえなかったら、遊びにでむいていたゞきたい」
「ヘエ」
 サルトルは無口であるからニコヤカに笑みを浮べて、あとは相手の言葉を待っている。天草次郎ときては、必要以上は喋ったことがないし、つくり笑いもしたことがない。クルリとデスクに向って、書類をとりあげて仕事をはじめる。呼吸のそろっている三羽ガラス、調子のよい白河半平が、
「では明晩、小田原の食焔会へいらして下さい。お待ちしていますよ」
 と、いとニコヤカにサルトルを送りだす。毎月一回の食焔会など、そんなものは有りゃしないが、彼らにとって、言葉というものは無を実在せしめるところにのみ真価があるのである。
「サルトルさんて、ニコヤカなアンチャンだね。ゼンゼン喋らねえなア。あれで渉外部長かねえ。ハハア、英語で喋りまくろうてんで、日本語を控えているのだねえ」
「小田原の奇流閣《きりゅうかく》へ電話をかけておけ。この四人に、婦人社員五六人。明日一時ごろ出発だ。団子山《だんごやま》に今夜のうちに料理の支度をさせておけよ」
 と天草次郎が才蔵に命じる。
「いけねえ。オレも行くのかな」
「あたりまえだ」
「寝ションベンジジイは半平の係りだから、オレはもう知らねえや」
「ハッハッハ」
 半平は不得要領に、しかしニコヤカに笑っただけであった。

   その七 箱根に於て戦端開始のこと

 石川長範はサルトルとゴリラの熊蔵、それに二号をつれて小田原の奇流閣へやってきた。こゝは由緒ある邸宅を買って旅館営業をはじめたと
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