を消した。
これぞ才蔵、極意の奥の手。雲隠れの術とは、ハゲ頭の連中、気がつかなかった。
マニ教の拷問折檻、話の外である。神殿に端坐させ、白衣の勇士が十重二十重にとりかこんで、連日連夜、ねむらせてくれないのである。疲れ果て、コックリやりだすと、頭上から冷水をあびせる。つづいて前後左右から蹴とばされる。
睡魔というものはシブトイもので、こんなにやられても、やられながらウトウトしている。すると大きな洗面器に水をみたして、クビに手をかけ、エイと顔を水中にもぐしこまれてしまう。
たかが洗面器でも、こうやられては、溺れる。アップ、アップ、半死半生、睡魔の段ではない。魂魄半減し、ゲッソリやつれて、骨と皮になり、目の玉だけ、ウツロに光っている。
マニ教のお歴々は長年の経験によって術を会得しているのである。一定のモーロー状態におちいるのを待ち、それまでは、もっぱら睡らせないことにつとめている。一言も話しかけない。お歴々は顔を見せず、白衣の勇士がとりかこんでいるだけだ。
こうなっては、三羽烏もダラシがない。しかし、さすがに、しぶとい。半平もさすがに日頃の微笑を失って、黙然とうなだれているが、内々期するところがあるらしく、敵の出方を待っているふてぶてしさがほの見える。
凄味のあるのは、さすがに大将の天草次郎で、クワッと目を見開いて、時々あたりをヘイゲイする。子供にとりかこまれたマムシのような凄味がある。
けれども、それを見ているうちに、才蔵はもうダメだと思った。今さら鎌首をもたげたって、今となっては、かえって哀れでしかない。ミジメな虚勢だ。
マムシやカマキリは鎌首をもたげて、かみついたり、ひッかいたりするしか知らないが、マムシやカマキリがホーホケキョとないたり、猫のようにペロペロなめたりしたら、相手も応接に困るだろう。そういう変化や術策の妙がないから、なんだ、天草次郎なんて、これだけの奴か、と、才蔵は見切りをつけた。
「すみません。カンベンして下さい。トホホ」
と、才蔵は泣きだした。
「ボクを東京へやって下さい。こちらの条件をきかせて下さい。かならず御満足のいくようにはからいます」
「よせ!」
次郎がクワッと目を見ひらいて、叱りつけた。
「泣き声をだすな。なんだ、これぐらい。死ぬ気になれ。だまって死ぬか、先様が音《ね》をあげるか、どっちかだ。こッちで音をあげるバカがあるか」
なるほど、その魂胆か、と才蔵は呆れたが、そんな荒行にマキゾエくっては、たまらない。チェッ、部隊長みたいなことを言ってやがる。オレは戦地へ行っても、戦争しないで、満腹している性分なんだ、と才蔵は内々セセラ笑ったが、それは色にもださず、泣き出すフリをして横目でウインク。
「ボクは死ぬ気にゃ、なれないよ。そうじゃないか。ボクにまかしてくれよ。キミがまかせなくったって、ボクは一存でやりぬくよ。こんな苦しみをするぐらいなら、何百万円だって高くはないよ。ヤセ我慢したって、はじまらないや。マニ教の皆さん。たのみます。上の方にとりついで下さい。ボクを東京へやって下されば、御満足のいくようにはからいます」
才蔵め、自分だけ脱けだす気だな、と天草次郎は察したが、音をあげる奴をムリにひきとめても、敵に見すかされるばかり、かえって足手まといであるから、ジロリと睨みつけただけで、あとは口をきかない。
才蔵は、しすましたり、と、ここをセンドと、泣きつ、もだえつ、懇願、又、懇願。
願いかなって、大臣のもとにひきたてられた。
「不敬者め。神の怒りの程が肝に銘じおったか」
「ハイ。深く肝に銘じました。あとの三人はまだ肝に銘じないようですが、あんな不逞のヤカラと同列にされては困ります。こんな苦しみをするぐらいなら、財産半分なくした方がマシです。どんな条件でも果しますから、東京へやって下さいな」
「本日中に五百万円もってくるか」
「五百万円ぐらい、わが社の一日の利益にすぎません。こちらの取引銀行は?」
「コラ! キサマ、デタラメ云うな。毎日のように社員が日参しおって、同じ返事をきいて帰りながら、すでに一週間もすぎるのに、一文の金を持参したこともないではないか」
「それは当り前です。なぜって、わが社の幹部全員がここに監禁されていますから、あとに残された連中は金を動かすことができません。ボクが帰れば五百万でも一億でも平チャラです。使者の社員も、かならず、そう申し上げていることと思いますが」
「キサマ一人で、マチガイなく、できるか」
「できますとも。二人三人の人手のかかる仕事ではありません。第一、ほかの三人が不逞の心を改めるまで待っていたら、皆さんもシビレがきれてしまいます。あの三人のガンコなことときたら、話になりません」
「今日中に戻ってくるな」
「戻ってきますとも。五百万円ぐらいには代え
前へ
次へ
全40ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング